1月1日

新年あけましておめでとうございます。(といいながら更新しているのはやや遅れていますが)

去年の総括と新年の豊富を・・と思うのですがそんなに簡単には思いつきません。せいぜい去年しっかりできなかったところを今年はがんばってやろうかなと思うくらいでしょうか。そう言いながら1月が終わり、2月が来て3月が過ぎ去っていくのでしょうね、きっとそうです(こんなに確信があるのは、毎年そうだからなのです)。そういえば、去年の年末にあった出来事なのですが、心のどこかに何となく引っかかっていたことがあります。息子の携帯電話が故障したため、その修理にd◯c◯m◯というお店に行ったときのことです。はじめに対応してくれたスタッフの方は、まあありきたりのマニュアル通りの接客でして、はじめからあまり愛想が良くなかったこともあり、だんだんとこちらもイライラしてきて「前回に対応してくれた方のときにはかくかくしかじかで・・」などと言ってみたところ「えっ?そんなことさせて頂いたのですか?当社のコードには無いことですので、担当者がわかれば御教え頂けますか?内容を精査してみます。」という返事が返ってきたのです。その担当者の方にもしかして迷惑がかかるのでは?と内心心配したのですが、その後に現れた彼曰く「大丈夫ですよ。うまいこと対応しておきますから気にしないでください。」と言いながら、再び小さな個人デバイスを取り出して「これはあくまでも私個人としてやっている内容ですので」と前置きしながら色々と裏技的なことを試みてくれました。結局再起動は出来なかったのですが、結果に反して我々は満足して帰宅したのでした。昨年末は食品偽装のことやら何やらで、企業コンプライアンスという危機管理、危機対応が話題になった一年でしたが、前述の出来事はそんな現代社会の仕組みに何やら一つの示唆を与えてくれたような気がして私の心に残った出来事だったのです。当社のコードには無いのでこれ以上の対応は出来かねます、で終えることなく、「マニュアルではここまでだが、もうちょっとやってみてあげよう」的なこと、これこそが人のコミュニケーション能力であり、人間社会で失われた基盤ではないかと思います(やや大げさですが)。義務としてはここまでで十分なのだが、この人の為にもう少し出来ることを拡大してみようかな、と思う気持ちが、忘れ去られがちな思いやりの心なのではないでしょうか。

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この話、経営者の方が聞けば評価は真反対になるのでしょうね。そんな時間があれば一人でも多く接客をこなしなさい!って言う風に。そういえば、費用対効果、効率、なんていう言葉が金科玉条のごとく唱えられるこの世の中ですが、最近はちょっと過剰に適応されてるのでは?って思うことも少なくありません。特に医療、教育、農業などの分野で語られるのを聞くと違和感を感じざるを得ません。医療も教育も商品として扱われるとどうなっていくのか、皆さんは考えられたことがあるでしょうか?食料も一定以上の供給がある場合には商品として認識されるのですが、必要一定量以下になった場合には商品としての振る舞いではなく、生きる糧として奪い合いの対象となるのです。そのようなものを経済の理論で語ることの危うさをもう少し強調するメディアがあっても良いのではないのかなって思います。だらだらと過ごしているお正月にしてはやや長文のアップになりました。では、皆様健やかでよいお正月を御過ごしください。