5月6日 水曜日 夜は雷雨だった

それではお約束通り、最近読んだ本のレビューを。タイトルは『インフルエンザ・ハンター ウイルスの秘密解明への100年』ロバート・ウェブスター著(岩波書店)です。原書も見てみましたが、翻訳書ではいくつかの図表が割愛されているようでした。ちょっと長くなりましたが・・どぞ。

話は1918年にパンデミックとなったスペイン風邪に始まる。当時の世界人口約18億人の実に30%が感染し、5%以上の約3000万人がそれにより命を落としたとされるモンスターウイルス、H1N1亜型インフルエンザウイルスによる人類史上最悪の災禍である。ちなみに現時点での全世界におけるCOVID-19による死亡者数は24万人であることを考えるとその規模の大きさが理解できよう。当時第一次世界大戦の戦後処理策を検討していた、米国大統領のウッドロウ・ウイルソンも感染し、もしかすると脳炎まで起こしていたのではないかという逸話は印象的である。我々はそれから時を経て約90年後に、この時のH1N1亜型ウイルスと非常によく似たウイルスである、新型インフルエンザウイルスによる21世紀初のパンデミックを経験するまでに、アジアかぜ、香港かぜ、さらに1997年に香港で発症した鳥インフルエンザなどを経験することとなる。筆者は60年代より、インフルエンザウイルスの探索や研究にかかわっており、当時のエピソードなどを踏まえてその過程を本書に活写している。今でこそ明らかとなっている事実であるが、インフルエンザウイルスはその種々の亜型を水禽の生体内に宿しており、それが各国の市場で扱われることとなる家禽に伝播し、ブタなどの中間宿主を経て人間に感染症を引き起こしている。その途中でウイルスの遺伝子分節の交雑と呼ばれる組み換えを経て、より強靭なウイルスとなり1997年には香港で、2000年代にはベトナムなどで、非常に致死率の高い鳥インフルエンザとして姿を現すこととなる。物語は1967年に(私の生まれた年!)著者が当時気鋭の科学者であったグレーム・レイバーと、オーストラリアはNSWの海岸を歩いている際に、マトンバードという渡り鳥の数羽の屍体を目撃することから始まる。これをきっかけに彼らは家族らを連れた大掛かりな調査旅行(という名の冒険旅行のような感じ)を経て、マトンバードの個体からH6N5型の鳥インフルエンザの同定に至る。その後、野鳥とりわけ渡り鳥におけるインフルエンザの感染調査がなされることとなるのだが、時代は折しもアジアかぜや香港かぜと呼称されたパンデミックが発生していた頃に重なる。彼らの活動は必然的に、中国や香港などのアジアでの生鳥市場や豚などの食肉処理場に場を移していくこととなる。その過程では異なる種の動物の間で(これにはヒトも含む)ウイルスの亜型間にどうやら類似性が認められることだけでなく、交雑と呼ばれるウイルス間の遺伝子の組み換えが生じていることが明らかとなる。かくしてアジアの生鳥市場や家畜飼育場はウイルスの温床であることが分かってきたのである。1990年代までには鳥→豚の感染経路を疑う学者はいなくなったが、あらたな問題提起として、鳥→ヒトの感染経路の証明に研究の焦点が移っていくこととなる。1997年5月21日香港のクイーンエリザベス病院で亡くなった少年から検出された、それまでアヒルや鶏からしか検出されたことのなかったH5N1亜型のウイルスは、鳥からヒトへの感染が発症しうるのか?という問いへの動かぬ証拠(smoking gun)となった。恐怖の新型ウイルスの出現の瞬間である。話は徐々に生鳥市場などの感染対策に触れていくこととなるが、そこでは市場を完全に閉鎖、殺処分、検疫を行い鳥インフルエンザのパンデミックを防いだ香港の業績にも論及されている。著者はそういった政策のバックアップに必要な、業者への経済的補償の重要性にも触れている。今や私たちは遺伝子情報をもとにいろいろなウイルスを作成する技術を手にしており、1918年に流行したスペイン風邪のウイルスを複製することも実際には行われている。これにはバイオテロなどへの悪用の懸念から、慎重な議論がある(著者はこれを評して“パンドラの箱を開けた”と表現している)。いま世界は奇しくも新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われているのだが、物語ではこれから先、H5、H7型の新型インフルエンザがアウトブレイクした場合に人類に起こる壊滅的な打撃から自らを守ることを見据えた対策を講じていく必要があると締めくくられている。

ふーつかれた。よっぽどstay at homeで時間があるんだなって?そうなんですよね。これを読んだ小生の感想は、やはりウイルス学者は現在起こっているパンデミックについて明らかに予想し私たちに警鐘を鳴らしていたのだなということです。もちろん、コロナウイルスが・・とかいう予言ではないのですが、パンデミックウイルスへの対策に重要性を見出していたと思います。それに気づいていたのはもしかすると一部の映画監督だけかもしれません(これはやや大げさですが)。しかし今回のことで、わたしたちは一つのウイルスの出現が、それまで私たちが築き上げた世界を一変させてしまうくらいの破壊力をもつのだ、ということを学びました。ここで覚醒しなければ私たちの未来に明るいものはないでしょう・・・。