Good luck!

1月31日 木曜日 晴れ

早いもので一月ももう最終日となりました。一月はいぬ・・とはよく言ったものです(おばあちゃんがよく言ってました)。今日はかつて共に働いた同僚が3月末でこの地を去られるという話を聞きました。人生に出会いと別れは付きものなのではありますが、寂しいですね。3〜4年前くらいからこの季節はちょっと嫌いな季節になりました。3月31日は毎年当直を入れていたのですが、幾人かの仲間達がいなくなって、ところどころに何も置かれていない机がある医局で、寂しくコーヒーをすすっていたのをついこの間のように思い出します。ま、ものの一ヶ月も経てば何事もなかったかのように、みな元気に働いているのではありますが・・・。

 

 

http://bit.ly/U1Vt0s 任天堂岩田社長捨て身の覚悟、業績不振で辞任も示唆・・・これが右肩上がりの経済志向の宿命ではないかと思われます。過去の勝者も一瞬のうちに敗者となり得るのでしょうか・・。数年前のトヨタしかり、常に回し続けなければいけないしんどさとは、計り知れないものがあります。経営者のはしくれとして、すこし考え込んでしまいます。これで良いのか・・

継続性という事の意義

1月28日 月曜日 朝は雪 その後曇り

太陽の力ってすごいですね・・・。ものの十数分、日光が雪溜まりを照らしてくれるとあっという間に雪の固まりが融けてしまいます。私たちが行う雪すかしのエネルギーに換算するとえらいことだなあと実感されます(エネルギー保存の法則?)。いやいや、それとは全く関係ないのですが、外来をしていますと、患者さんとの会話の中でいろいろとご家族のお話が出てくるわけであります。あまりこれを根掘り葉掘り伺うわけにはいかないぞと思いながらも話が続くうちに・・・ん?どうやらご主人も患者さんで診ている方?なんて思う場面も増えて参りました。それがわかったところでどうというわけではないのですが、一人の患者さんを診るにつけても、いろいろなバックグラウンドを頭に入れながら進めていくのは非常に大切な事であります。かかりつけ医・・という言葉の意味っていろいろとあると思うのですが、『知っているということ』の意義はとても奥深いものがあるのではないかと思います。知っているためにはやはり継続的に関わりを持たないと難しいところはあるのですが、わずか数回の外来でもそういった関係性を築く事ができるように医師として接していかなくてはいけないなあと思う今日この頃です。そのためにはやはり、気軽にお話のできる存在であるべきなのでしょうね・・・。

Daibutsu

民意主導の政治・・・これほど人口に膾炙される表現はないのですが・・というかこの言葉を耳にする事はないという日はありません。これってすこし危険な気がするんですよね。結局、民意主導でやったのですが◯×▲でした・・というエクスキューズに使われる余地が残されているように思います。医師であれば、自分がこう思うからこうしましょう・・あるいはこうしませんか?ということを提案できる事が、自分自身の存在価値であると思うのです。政治家や評論家も然りで、民意、(あるいは)アンケートはこのような結果ですが、こうしませんか?という提案のできる人がもっとふえてくれると良いなと思います。

I’ve just completed “Yuki-sukashi” …ha ha ha

1月26日 土曜日 今のところ雪..

まだいちにちが始まったばかりですが 半分以上仕事が終わったような気がします

Yukikaki

脱マニュアルのススメ

1月23日 水曜日 雨

留学中に聞いた笑い話をご紹介しましょう。某経済大国のリーダーM首相と米国クリントン大統領の首脳会談での一席(真偽のほどは不明です)。

M氏(官僚からの振り付けに従い・・)『Hello, how are you?』

クリントン『Yes,thank you i'm doing good, and you?』

M氏『Me, too.』・・・となる筈が

M氏『Hello, who are you?』(とやらかしてしまい・・)

クリントン(機転を利かせ)『I'm Hillary's husband…』(と返したところ)

M氏(シナリオ通り)『Me,too.』(爆)

マニュアルは・・・恐ろしいですね。危機管理の際には多いに威力を発揮してくれると思うのですが、対人関係での(あるいは接客の際の)マニュアルは害はあっても利はあまりなしというのが私の考えです。まずマニュアル通りの受け答えは相手にわかりますし、わかると何となく小馬鹿にされたようで気分が悪いのです。あと、応用が利きません(というより利かさないようにするのがマニュアルなのかもしれませんね)。物事の原理さえ理解しておけば、マニュアルは不要になるし、それが最大の危機管理なのではないかと思います。ま、言うは易し、行うは難しなのですが・・。

Pancake

インターネット界の天才

1月21日 月曜日 曇り

滞りがちな更新でございます。もと外科医というせいか、最悪のシナリオに備えるという習慣がすっかりと身に付いている私です。どういう事かと申しますと、手術というのはやはり生身の患者さんの体にメスを入れる治療ですので、術前の検査での予測と実際が違っていたりすることがよくあるわけです。例えば、肝門部胆管癌という悪性の病気があるのですが、この場合の手術は、手術前の読みとわずか1センチ違うだけで手術が不可能になったり、極端に難易度の高いものになってしまったりことがあります。要するに、手術開始後にAの部分の読みが違っていた場合はこうしようとか、Bという部分の予測が違っていたらこうしようとか、といった不測の事態に備えれば備えるほど、安全な手術に近づくということになっているわけですね。最近の政治経済の報道やニュース番組をみていてつくづく思うのですが、国債の債務も、右肩上がりの社会保障も、とにかく経済を立て直す事で良くして行きましょうという論調があまりにも多すぎるような気がします。経済がよくなレバ、解決するでしょう。というのは至極もっともなのですが、if not,ということについて語ることのできる人が少なすぎる(というか、ほとんどいない、すくなくともメディアでは)ような気がするのです・・。こんなことをいうと、悲観論者だと一笑に付されるのでしょうけれど。外科医、あるいは医師は常に、最悪のシナリオを想定している人種なのだなあと実感する今日この頃です。

タイトルは・・・アメリカでインターネットの鬼才といわれたアーロン・シュワルツ氏が自殺したという報道を目にしました。彼は14才の時からRSSというウェブ配信の規格の作成に参加したインターネット界の天才ですが、最近はマサチューセッツ工科大の論文のデータベースから大量のデータをダウンロードしたとして検察の厳しい追及を受けていたとの事です。彼曰く、『税金の投入されている学術論文は、万人に公開されるべき』との主張をしていたそうです。自殺についての事の深層はもちろん窺い知ることはできませんが、彼の言い分を宜なるかなと考える人は少なくないのではないでしょうか。

Pancake

出来上がりは・・・乞うご期待