1年生になったら・・・

6月28日 金曜日 くもり時々晴れ(だったと思いますたぶん)

医師として社会で働き始めてかれこれ20年余ですが、自分のクリニックで働き始めたのはついこの間でして、お腹の手術には少しではありますけれど自信はあったのですが、やはり開業医1年生の我が身をときどき(しょっちゅう)反省しなくてはなりません。医師と一口に言っても、病院勤務で専門性の高い仕事をしている内容と、いわゆるコモンディジーズといわれる”よくある病気”をうまくマネージメントするお仕事は結構似て非なるものであります。そのうえかかりつけ医として・・という気負いもあったりして、いろいろと反省の多い毎日です。転送先の病院におられる遥かに年の若い先生に助けてもらったり、介護のスタッフに支えてもらったり、もちろん自院の職員にも大いにサポートしてもらっています。でも一年生だからこそ気づくことができる事もありますよね、世の中。がんばろうぜ、一年生の諸君!!あ、私はもう2年生なのでしたっ  orz…….

カフェ・ハチャム

私の好きな学者さんである北大の中島岳志先生の声かけで始まったカフェの、外壁に描かれた壁画です。シャッター通りと化した北海道の発寒商店街に若者の活気をとりもどそうと発案された人の集う場作りの一環です。ある町に暮らす人々が孤立してしまうことのないように、いわゆる”ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)”と言われる考え方に立脚した活動ですね。少し前に報道された大阪の町のど真ん中での母子の不幸な事件などが頭によぎります。「最期にもっと美味しいものをたべさせてあげられなくてごめんね」なんて・・どんな理由があったにせよ、自己責任の一言で片付けられるほど私たちは鈍感ではないと思います。わたしも将来、中島先生のような活動を、現在の地でできればよいなあ・・・なんて夢を見つつ。

介護と文化

6月25日 火曜日 曇り

晴天続きだった梅雨にもようやく”らしい”天気が戻ってきました。在宅診療をしておりますと、時にグループホームであったり介護施設の患者さんを診察する事があります。グループホームと言えば、今年の2月でしたか、長崎市の施設が火災に見舞われて5名の入所者が亡くなるという痛ましい事故があったのをご記憶の方もおられるのではないかと思います。現在グループホームと言えば一般的には、介護保険制度の中で全国に広がった、いわゆる認知症高齢者型グループホームを指します。全国に1万を超える施設があるそうですが、高齢化の進む我が国では認知機能の低下により独力では生活できない方が、病院以外で暮らす事ができるという、非常に大切な役割を果たしているものです。そのような中で、先般の火災事故を契機として、全国の施設を一斉に点検して、安全性に不備のある施設に現在行政指導が入っていると聞きます。何故この話題なのかと申しますと、小生の心のメンターでもある池田市にある浄土真宗本願寺派如来寺の住職をされている釈徹宗先生が運営されているグループホーム「むつみ庵」にも行政指導が入り、対応に苦慮されているという記事を目にしたからなのです。もともとお寺の裏にあった檀家の空き家を利用して開所されたこのむつみ庵、築40年の古民家を改修して作られており、敷地内に畑があったり、床の間でお花を生けたり、利用者が皆”我が家”のような感覚で住まわれているといいます。もちろん設立当初もその後も行政機関と折衝を重ねて法令遵守して作られたものではあるのですが、今回の火事を契機として、壁と天井を耐火仕様の素材に変更せよという命が下っているそうです。釈先生はそれこそホームの閉鎖を考えるところまでいかれたそうですが、何とか改修存続の方針で動いているとの事です。曰く、『グループホームは、認知症の方々が、家庭的な雰囲気のもとで介護を受けながら共同生活をする場で、ただいまと言って帰る事のできる里親ならぬ里家』になればよいなと考えておられるようです。池田モデルを目指して、防災耐火の機能を備えた古民家改修のモデル作りをしましょうと、行政機関に働きかけているそうですが、なかなか腰が重いそうです。安全性の担保や法令遵守はもちろん大切なのではありますが、壁とコンクリートに囲まれた生活環境が本当に”人としてその最後を全うする場なのか?”という問いかけはとっても重いなあと感じました。それこそ、全国チェーンの企業体には絶対に着想できないであろう内容であります。昨今もてはやされている”イケてる経営者”をチヤホヤするのもよいですが、こうして地に足をつけてじっくりと本当の意味での介護を考えながら運営されている施設にももっと光が当たれば良いなあと感じた一日でありました。『介護の世界にも文化は必要なんです!!』

むつみ

もう毎日毎日”株価がどうなった”とか”投資ファンドがどうだ”とか、無粋なニュースばっかりトップで報道するのやめましょや〜  すべてはうたかたの夢でありましょう・・・

なか見!検索

6月19日 水曜日 雨

ようやく梅雨らしい天気になってきた。

非・都会暮らしを始めて久しいが、世の中つくづく便利になったものだと思う。欲しいものがあればインターネットとパソコンさえあれば、早ければ翌日には手に入れることのできる時代である。某熱帯ドットコム、いやいや密林ドットコムの書物コーナーでは実際に手に取って、数頁めくるような感覚で、ものによっては中身の確認までできるものもある。何を今さら・・・という話題ではあるのだが。だいたいそんな見本に公開されている中身部分はと言えば、小説であれば書き出しの数頁である事が多い。小説の書き出しと言うと、すぐに思い浮かぶのはやはり夏目漱石であろうか。『我輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。』などというのはおそらく知らない日本人はいないであろう。他にも坊ちゃんなら『親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている。』であったり、草枕の『山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。・・・』なども印象的な一節である。海外の作家であれば『ある朝グレコールザムザが不安な夢からふと覚めてみると、ベッドのなかで自分の姿が一匹のとてつもなく大きな毒虫に変わってしまっているのに気がついた。』なんていうのは、もうなんじゃこりゃ、ではなかろうか。小説の書き出しはやはり読者の心をつかむ上では、作家の一つの腕の見せ所なのではないかと思う。古典をひもとけば、『男もすなる日記といふものを女もしてみんとてするなり。』と、女になってしまった紀貫之さんや、『つれづれなるままに、日暮らしすずりにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく』書き尽くしてしまわれた、兼好法師なども、むかし苦しめられた思い出のある方は多いであろう。はたまた『祇園精舎の鐘の声』の祇園って京都の事かいな?と思ってみたり、とにかく皆に暗記される書き出しを書くことができれば、今風に言うと”つかみはオッケー”なのである。小生の好きな小説の書き出しは、とある主人公が一人汽車に乗って、鄙びた無人駅に降り立ちその土地の描写からはじまる・・・ような雰囲気が好きである。そこに漁港があったり、そのうえ海鳥が鳴いてたりなんかすると、もう鳥肌ものでゾワゾワしてくるのである・・・。人物伝などのフィクションでも、主人公の生まれ育った町並みの描写などから始まる書物は結構多いのではないだろうか。背景というのは小説のみならず、人の生い立ちにもとても重要なファクターなのかなと考えてみたりする。書き出しばかりで盛り上がってしまったが、最後に締めくくりのかっこいい著作をひとつ。『万国のプロレタリアートよ団結せよ!』で終わる、マルクスとエンゲルスの共産党宣言でした・・・(あ、わたくしの政治信条となんら深く関わるものではございませんので・・・)。

Double strand

Myriad判決ってご存知でしょうか?米国Myriad Genetics社の有する乳癌および卵巣癌の発症に深く関わっているされる遺伝子の特許に対して、特許適格性の有無が問われた裁判です。要するに研究者が同定単離したヒトの遺伝子に特許が認められるかどうかということが争われている裁判です。乳癌遺伝子の方はついこの間に話題になっていたBRCA1という、あのアンジェリーナジョリーのやつですね。結局最高裁の差し戻し審では、遺伝子の配列そのものには特許は認められないが、単離の方法などには特許はあり得べし、となったようです。どうでも良いような判決ですが、これって結構重要な事柄を含んでいるようです。例えば、その遺伝子を利用した検査や、治療薬などについて、患者が治療をする度ごとに、見も知らない会社に特許料という名の治療費を支払わねばならなくなったり・・・

ワクチン問題再考

6月17日 月曜日

ブログで取り上げたからにはしっかり落とし前をつけねば・・ということで厚労省のサイトに潜入!?してみました。「子宮頚がん予防ワクチンの接種を受ける皆さまへ」というファイルがあります。冒頭、積極的にはお勧めしていません、という見出し。接種にあたっては有効性とリスクを理解した上で受けて下さい、とあります(リスクについては、そう簡単に理解できないのでありますが)。一定の頻度で見られる、いわゆる軽度の副反応についての記述の後に、「まれに重い副反応もあります」という見出しで、アナフィラキシー(全身の重いアレルギー反応)が96万接種に1回、ギランバレという末梢神経の麻痺症状などに代表される症状を呈するものが430万接種に1回、ADEMという脳神経に重い障害を生じうる病気が430万接種に1回、マスコミで話題になっている持続的な痛みを訴える重篤な副反応については現在調査中となっていますが、これについてはまだ確かな数字は小生は掴みかねておりますが、20万〜200万接種に1回の間の数字である事のようです。これらの数字の多寡については、それぞれの御判断に委ねる事としたいと思いますので、コメントはここではしない事にします。クリニックを運営する身として、先週末からややうろたえ気味であった理由は、やはりこれらのことについてかかりつけ医と相談の上で・・の一言がどうなることやらと、思いやられたからであったかなと考えます。それこそ時間がふんだんにあれば何の迷いもないのですが、日常の業務の中でリスクとデメリットについてゆっくりと相談する時間が果たしてあるのだろうかと考えるとやや焦ってしまったわけです。これは反省しなければなりませんね、こんな事くらいで動じてはなりません。そこで感染症のオピニオンリーダーの一人である神戸大学の岩田先生曰く「今回の厚労省の決定をあえて支持する」との言。パピローマウイルスはいわゆる飛沫感染である風疹などとは違い、緊急性の弱いものであるから、感染経路をとりあえず断っておく事は不可能ではなく、明確な結論が出るまですこしペンディングでも良いのではないかというご意見でした。なるほど。でも一つの出来事でやはりドドーッと雪崩を打つ国民性の我々、十把一絡げに他の大切なワクチンに影響が出ないように同時に配慮する必要がありそうです。

UN

某国連人道大使のシャラップ発言にはちょっと驚きました。あれがアフリカ諸国ではなく、先進国の大使の面前でなら、同じ発言はできなかったのではないかな?と勘ぐってしまいます。最近立て続けのいろいろな失言問題を考えるにつけて、つくづく内弁慶な国民性だなと思う事が多いです。この手の議論ってほんとに海外では一蹴される話題です。まさに取りつく島のない対応をされる事間違いなしです。アメリカで数年暮らした感想として言いますが、くやしいでしょうけれどそうです、おそらく。

言葉は踊る

6月14日 金曜日 暑い

日々ワクチン業務を行い、少なくとも厚生省の決定事項にも従いながら従事している身としてなんと対応すれば良いものか。厚労省が定期接種と決めているヒトパピローマウイルスワクチンについて、今夕突然に「積極的な勧奨を呼び掛ける事を一時中止する」という専門部会の決定がプレスリリースされたのであります。いったいどういう事が真相なのかと思い、いろいろなニュースソースを見てみましたが、決定の根拠や、話し合いの内容など全く明らかになっておらず、何とも判断のしようがないという有様でした。各紙締めくくりは「医療現場や保護者に混乱が生じる事は必至だ」とのことです。ワクチン接種が原因で慢性の激しい痛みの副作用が低い頻度ながら起きている(共同通信)という事だそうですが、一方で年間約8000人が罹患し、約2400人が死亡されているという子宮頸癌を予防できる効果との対比として、その”低い頻度ながら”の低い頻度とはいったいどのくらいの数字なのでしょうか?それすら与えられずに、積極的に接種する事を呼び掛ける事を一時中止するように全国の自治体や学校に求める事を決めただなんて・・・一方で接種中止ではなく、希望者はいままで通り受けられると強調されても、もう何がなんだか一般の方にはわからなくなって当然なのではないでしょうか?今日もワクチン業務を行ってきた我々にしても、開いた口がふさがらないとはまさにこの事です。10時からのゴールデンタイムのニュースでも報じられていました。このままでは焦眉の急とされている風疹のワクチン接種などについても影響が出るのではないかと本当に心配されます。少し前のブログにも書きましたが、薬物の副作用は何もワクチンばかりには限らないわけでして、鎮痛剤で重症皮膚炎が生じて命を落とすということも”低い頻度ながら生じている”というのは我々の常識でありまして、どんな研修医向けの専門書にも銘記されています。これをご存知の国民はどの程度おられるでしょうか。ワクチンのセンセーショナルな扱いと比べるとその落差たるや言葉で表しがたい思いがあります。ひとたびメディアで騒がれると、もう言葉が一人歩きして悪者たたきに走るという、この国のいつものパターンが繰り返される事のないように願います。あくまでも冷静に、客観的なデータをもとに、判断をしていきたいものです。もちろん、いままでのワクチンで、不幸にして副作用と考えられる有害事象を経験されている患者さん方には、本当に気の毒に思いますし、何とか医療者も、国としても真摯に対応して行かなければいけないとは思いますが・・。ところで政治や経済の話題では、必ずと言っていいほど、欧米の例を出してきてグローバルスタンダードなる言葉をお題目にするニュースキャスターさん達ですが、世界保健機構(WHO)が積極的に勧奨しているこのパピローマウイルスワクチンが、欧米のある国々では、女子だけではなく、成年男子にも接種されているという”グローバルスタンダード”にはどうして言及しないのかとも思います。いずれにせよこの話題はこれから色々な立場の専門家を含めた人々が情報発信をして行かれる事と思いますので、小生のたわ言はこれくらいにしておこうと思います。今日は色々な思いがありますので写真を貼付ける事もなくこれで終わります。