a crisp autumn day

9月27日 金曜日

朝夕はかなり肌寒い気温になってきました。秋晴れのすがすがしい朝に、外へ出て深呼吸すると肺の隅々にきれいな空気が行き渡るような気がして良いものです。朝の運動を日課にされている方々にも、とても心地よい季節なのではないでしょうか。英語ではcrisp airなどと表現されるこの季節、パキパキに澄んだきれいな空気、とでも訳すのでしょうか。アメリカのスーパーではリンゴの種類が多くて、陳列棚にてんこもりなのですが、なかでもhoney crispという種類が人気でした。日本の(おそらく)fujiというやや大きい種類も、その隣に必ず並んでいたことを思い出します。皆さんリンゴ好きなのか秋の行事にはリンゴ狩りが欠かせないようです。郊外にでかけるとちょうどハロウィーンのデコレーションを施した農園があったり、クリスマスに向かって楽しい季節でした。医院の周りの田んぼもすっかりと刈り取られ、鰯雲の空にカラスやスズメがチュンチュンと鳴いています。四季があるというのは良いものですね・・。

crop
一日の気温差が大きくなってきました。皆様体調に気をつけて御過ごし下さい。

自然との共生

9月19日 木曜日 晴れ

都合あって午後は休診を頂いておりました。また明日から予定どおり頑張ります。さてこの間の週末は大変な天気が日本列島を襲いました。災害に遭われた方々には本当にお気の毒で、一刻も早い回復を御祈り致します。311の震災以降、特に自然の猛威が強くなっているような気がします。ゲリラ豪雨や猛暑など、穏やかな気候の日本列島は少しづつ変貌しているのでしょうか。四方を海に囲まれ、豊な里山を懐に抱き、色彩の美しい四季を有する日本は、その自然の有り難さを享受するとともに、自然の厳しさも理解した上で共生していかねばならないのだと思います。ニュースでは相変わらず、オリンピック誘致成功に引っ張られるかたちでの景気上昇の話題がとりあげられています。何千億の費用で臨海地区にたくさんの建物がこれから作られていくのでしょう。眼を見張るような街が新しい東京を作っていくことになるらしいですが、やや不安を感じる方がたもおられるのではないかと思います。地震大国日本であることに変わりはないわけですし、東京タワーのエレベーターのワイヤが切れたという事故などを耳にするにつけても、テクノロジーの発展にわき上がる一方で、どこか冷静になる眼を持つべきなのかなと個人的には考えています。外科医としてのあるいは医師としての性なのか、どうも最悪の事態(もしも・・・になったらどうする?)という思考回路が小生の頭から離れないようです。いつも陰気な話でスミマセン。ほんと反省しています(でもそう思ってしまうのだからしょうがない・・・あ、反省してませんね、この物言いは)。

リニアモーター
地下を時速500キロではしる乗り物にはあまり乗りたくないなあと思ってしまうのは時代遅れの人間の戯言と聞き流して下さい・・・。アンチ「より高く、より速く、より大きく」人間の私です。

うとうと昼寝

9月13日 金曜日

ほんとに一週間過ぎるの早いです。うらの田んぼの稲刈りはまだのようです。今日あたりかな・・・。昨日の夜は医療センターで症例検討会がありました。スズメバチの演題、由良診療所の先生も仰っていましたが、今年は蜂刺症の患者さんが多かったです。発表症例は10カ所近い刺し傷を受けられた患者さんが重症化したというもの。たかが蜂と侮る事なかれ。

そうそう、昨日往診で訪ねたおうちでは、いつもお世話をしておられるご主人が居間でうたたね。そっと上がらせていただきそのまま奥様の診察に。帰る時にもまだzzzzz…….でしたので、起こさぬようにそのまま御暇いたしました。お疲れなのでしょう。気温は高かったのですが、この辺りのお家は、風通しのよいお宅が多いので、湿度さえなければたちまちうたた寝日和の一日となるのでしょうね。帰り道ではいつのまにかすっかり刈り取られた後の田んぼを見ながら、何となく平和な一日でありました。

三丁目

今日の診察中の会話「前回の東京オリンピックはちょうど30過ぎだったんだ。先生は?」「生まれる前でした。」「え〜そうか。」「7年後のオリンピックまで元気でおれるかなあ・・・」

結構オリンピックを見るまで頑張ろうって仰る患者さんが多いことに気づきました。そういう効果もあったのか・・。

忘れやすい生き物

9月12日 木曜日

昨日もこうして文字を書いているのにどうして思い出さなかったのだろう。「9月11日」米国同時多発テロと呼ばれる事件のことを。まさにWTCビルが倒壊していくのを、CNNのライブを見ていたのは、ちょうど京都の某病院で当直業務についていた夜のことである。救急患者の途切れた時間に、ごく短時間でシャワーをすませて手術衣(パジャマがわりに着るものです)に着替え、苦いだけのインスタントコーヒーをすすりながら。当時私は博士論文の仕上げに毎日当直の日にも原稿を持ち込んで作業をしていたのだが、その日ばかりは一晩中テレビに眼が釘付けとなったことを覚えている。アメリカへの留学を翌年4月に控えていたこともあり、いったいこの先どうなるのだろうと思ったものである。あれから12年、9月11日という日付を打ち込みながら、何も考えていなかった自身の忘れっぽさに驚いた。空港でのセキュリティーチェックに長蛇の列ができたことや、米国への入国審査に日本人もフィンガープリントと顔写真の撮影を強制されることになったのも、911がきっかけである。中東アラブの人々はいわれなき偏見や差別を経験した忌むべき事件である。喉元過ぎれば熱さを忘る。東京五輪が決定し、世は経済効果何百億円だとか、絆とか協力とか浮かれているが、忘れてはいけないのだ。今もプレハブ小屋に住まわざるを得ない人々や、来る日も来る日も線量計測を行うためだけに魚を捕り続けなくてはいけない漁師さんたちがいることや、今もなお見るも無惨な「建屋」にぶら下がりつづける千本以上の放射性物質を含んだ燃料棒がある4号機のことなどを。お祭り気分に水を差すつもりはないが、景気回復と・スポーツと・復興とは根底的には別個の問題なのである。

WTC
一つのことが起こると前のことが忘れ去られ、君もこうしろよという同調圧力がかかりやすい国ニッポン。陰気な投稿でスミマセン・・・

糖尿病に学ぶこと

9月11日 水曜日 晴れ 暑い

昨日は前勤務地でご一緒していた先生が久しぶりに丹後に来られたので、その御講演を聴いてきました。糖尿病に関する話題でしたが、これがまさに眼からウロコの内容だったのです。糖尿病とは、ご存知のように血糖値が高くなる病気なのですが、それが何故いけないのか?旨く説明できる方はあまりおられないのではないでしょうか。おしっこにアリがたかってくるから?いえいえ、そんな筈はありませんよね。血糖値の上昇は動脈の損傷をもたらし、色々な臓器障害を起こすからなのです。細小血管障害として知られる代表はいわゆる糖尿病性網膜症。腎臓や眼や神経がおかされるということは聞かれたことがあるかと思います。最近よくいわれているのは大血管障害、つまり心臓発作や脳卒中など、一度生ずるとたちまち生命に危険を及ぼす合併症の方ですね。さて、彼の講演内容に戻りますが、一枚目のスライドに私は唸ったわけです。「糖尿病を治療する際のゴールとは何か?」答えは何だと思われますか?血糖値を下げること?ブーッ。「血管障害、特に大血管への障害を最小限に抑えて、患者さんの生命予後を時間的、質的に健常者と同じ程度にすることである」ということなのです。もちろん、そんなことは自分としては理解していたつもりではありますが、やはりはっきりと言葉にして意識するということが大事だなあと思いました。すなわち、血糖値を下げるということは、その目標を達成するための手段に過ぎないわけです。もちろん、患者さんの年齢や背景にも考慮して、その治療の度合いを設定してあげなくてはいけません。当然40歳代の、あと30年以上健康に過ごしてもらわないといけない患者さんと、80歳代の患者さんではそのアプローチは違って当たり前なわけですね(あ、80歳代だからいい加減で良い、と言いたいのではありません)。ともすると日常診療では、ヘモグロビンA1cが0.5下がったとか上がったとかで一喜一憂しておわり・・・となりがちなわけですが、その終着点を常に頭の片隅に置きながら治療に当たらなくてはなりません。ちなみに最近の欧米での臨床試験では、血糖値の厳格コントロール群は必ずしもそうでない群に比べて、予後が改善していない(どころか悪いものもあったりする)というデータが出されています。だから血糖は下げなくても良い、というのは極論に過ぎますが、目的を誤って数値にばかりこだわってはいけないというメッセージに我々は素直に耳を傾けるべきだと感じました。いろんな場面でこの教訓は生かされます。木を見て森を見ず、鹿を追うものは山を見ず、小利大損・・。

詩集
新境地を開拓しようと挑戦中。寝落ち寸前ですが・・・