京都府与謝郡与謝野町 内科・外科・リハビリテーション科・在宅診療 いとうクリニック

ふくろうくんのブログ

ほんの遊びですよ・・

1月17日 日曜日 当番日

昨日の午後に医院前のタイルを掃除してみた。気温の低い冬場に水を扱うのは嫌なのだけど、年末大掃除の際に手が回らなかったことへのツケだと思いながらゴシゴシ。ぬれている状態だととてもきれいになったように感じたのだが、翌朝になって、乾いたところを見てみるとさほどでもないような、やってもやらなくても同じような・・・。ところで思うのだけれど、年末の大掃除とか季節毎の執り行いとか、できる人もあればできない人もあると思う。できる時もあればできない時もあるのだ。同様にですね、人にありがとう・・って言える時もあれば、何となく言えない事だってある。いや、言いたくても言えない事だってある。同じように、さようならや、ごめんなさいも。そんなことですよ、人間って。

今日当番日のお昼休みに情熱大陸に出ておられたとある癌センターの外科医の番組を見ていた。小生も少しかじっていた分野の困難手術をたくさんこなされている希代の外科医である。直接に存じ上げないのだが、好感の持てる方という印象だった。神の手を持つ外科医・・・”とても嫌いな言葉ですね”と語られていたのが印象的。神のような心を持つ外科医・・なら僕は好きだな。そもそも、外科医ってのは・・・右手を看護師さんに差し出すと、自分の思っている器具が出てくるということに満足して、かくあるべきと職場のみんなを教育しようとするものである。それが私は大嫌いだったのですね。右手を差し出すと、ある時にはケリー鉗子がでてきたり、またある時にはメッツェンバウムがでてきたり。それで私はいいのだ。いや、それがいいのだ。そして出てきた器械に・・自分を合わせて動かすのだ(まあ、そうも言っていられない局面もあるのだけれど・・・どば〜っと出血とか)。そもそも・・・自分の職場の人間を、あ・うんの呼吸で動く人間ばかりにしようとするってことが私は大嫌いでならなかった。そうしようとする人を見るのが嫌だったな。たぶん・・自分がそんな教育を受けたくなかったからなのだと思う。そしてとうとう・・こんな人間になってしまったのだ(ヤレヤレ)。まあ人生なんてね、ほんの遊びですよ。

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小生・・・とうとう全国デビューを果たしたようです!!

センター試験の国語の問題ですか?土井隆義「キャラ化する/される子供たち」っていう論文が題材となったらしく、その中に伊藤剛さんっていう評論家のことが引用されていたそうです・・・。いじめとか関係依存とか排除とか・・若者達の現代社会についての鋭い評論をされている土井先生の著書、ちょっと興味があるな、読んでみよ。

で、ウチの息子も答案の最中にオヤジの名前が出てきてかなり調子が狂ったとさ・・・   (× ×)

診断のゲシュタルト

1月16日 土曜日

何となく、そんな気がする・・ということ。日常でも時々ありますよね。そ、我々もあるのですよ。なんとなく◯◯という病気のような気がするってことが。言葉で説明はできないのだけれど、ちょっと病歴を聞いた瞬間とか、患者さんが診察室に入って来られてから、椅子にすわってお話をされる数分間、いや数秒間の間にピンとくること・・・。たとえばですね、年に数回お目にかかる疾患で見た瞬間に診断のつく病気であるところの一つ、帯状疱疹。いわゆるヘルペスって言うやつですね。もちろんごくごく典型的なものから、発疹がパラパラっていう感じのおとなしいものまで。もちろん血清抗体価の検査をすれば良いのですけれど、そのお世話にならないといけない事はごくごくまれな訳です。見た目でわかる!私のようなものでも・・・。で、その根拠を説明せよと問われると、困るのです。でも、そういうことについて言語化する事に秀でた先生方には、簡単な事のようでして、たちまちに一冊の本が出来上がるのですね。

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ゲシュタルト・・・いわゆる見た目、というような視覚的な情報から構成される知覚的現象のことのような。つまりですね、ヘルペスの皮膚所見は・・・「数ミリ程度の水疱形成が集属する事によって、平面的なある一定の皮膚所見を呈して、全体として帯状に広がる病巣を形成するに至る状態。一つ一つの水疱に着目すると、それぞれの周囲には若干紅斑をともなう数ミリの環状の色素を認めて、時間とともに水疱部分に痂皮を形成していく」ようなことになるのだろうか。ま、これは小生の拙い表現なので、正確には教科書を御参考頂きたい・・・。溶連菌感染症やその他の呼吸器感染症などでも何となくこれは・・・というような事がありますね。そんなことを言語化する事に秀でた人達がたくさんの参考書を著してくれています。良いな、今の世の中・・・私たちが学生の頃にはなかったよ、そんな書物は。高価で分厚〜い書物をヨイコラショって引っ張り出してくるしかなかったもの!

人間の土地

1月12日 火曜日 寒い雨

前日がお休みで一日トクをすることになるこの一週間。最近往診をしている患者さんの容態が悪くなって、基幹病院にお願いをする事がしばしば。普段の健康管理を担当する小生の見立てが悪いということにもなる訳で・・ちょっと気を引き締めなければ。日頃から協力して在宅医療を行っているケアマネジャーさんとも、月1度の定期的な懇談を夜に少し。いろいろとお互い困難な患者さんのケースについて話しあう。結局こういった困難事例の共通的な問題点として、制度と制度の狭間に落ち込んで身動きが取れなくなっている例や、設定されている仮定から漏れている状態であったりというのがあげられるのだが、こうした方々を救うのは、結局私たち担当者のちょっとした、”ちょっと〜〜してあげよう” 精神なのではないかという結論に落ち着いた。いや、我々だけではない。隣近所の住民の方だったり、民生委員の方だったり・・・何かのご縁のあったこの方のために、できる範囲で、ちょっと頑張ってあげよう・・という行為が寄せ集められて、かろうじて成り立つような在宅医療が、そこには確かに存在するのだ。ニッチな場所での安住を求めている人々がこの世の中には存在しているのだ。

Unite!

おうちに帰ってからは、平川克美師匠のメディア媒体でのインタビュービデオクリップを視聴した。これからの世の中、「うまく生きよう」ではなく「まともに生きよう」が大事なのだというお言葉・・・骨身に沁みるものだった。

 

 

 

「人間である事は、とりもなおさず責任をもつことだ」 (サン=テグジュペリ)

雪のアンデス山脈に不時着したパイロットは、数日間雪山を彷徨った後に、渾身の力を振り絞って谷間から這い上がって自分の姿を発見されようとしたのだ。残された妻に保険金を手にさせてやるために・・・。愛するもののために、「もうすこしだけ心臓よ、動いてくれ」と心に念じながら、這いつくばってでも歯を食いしばって頑張るということの素晴らしさを教えてくれる。

 

マッチポンプ

1月11日 月曜日(祝)

成人の日である。たまたま目にしたテレビのワイドショーは、やはり荒れる成人の日とか、涙の成人の日というものであった。コメンテイターさん達は、眉間に皺を寄せながら、荒れる若者たちに苦言を呈していたが、ワイドショーとしては何事もなくおとなしい若者が、ただただ偉い人の訓示を聞くだけの式になってしまっても視聴率は取れない訳で、それなりにやんちゃな彼らに感謝しなくてはいけないのではないだろうか・・などと考えてみた。そんなに眉をひそめないといけないと本気で思っているのなら、そんな場所は警察に任せておいて、ノコノコ出かけて行って「どうしてそんな行動をしているのですか?」などと取り合ったりせずに、ひたすら無視を決め込んでおけば良いのである。誰も見向きもしなければそのうちそんな面倒な事やる人もいなくなるでしょ・・・。わいわいがやがやと怒鳴り立てる人達とそれを仕事のタネにする人達の持ちつ持たれつの関係性・・・。 そんでもって、休日の私の行動はといえば・・家でゴロゴロしながら本を読んだり、家族と話をしながらケーキを食べたり。それなりに満足して過ごしているのだが、とある経済学者に言わせると・・そんなのんびりした平和な休みの日の過ごし方よりも、昼間っからスタンドで立ち吞みをして、パチンコに行っては稼いだ小銭を競馬に突っ込んですってんてんになってしまう。やけ酒をあおって帰宅した家では奥さんと口論をして・・・などというほうが経済活動には貢献度が高く、経済指標を底上げするのに役に立っているという考え方も出来るそうだ。なるほどな。私はまったく三本の矢に貢献していない不逞の輩である・・・

 

 

 

GDPなんてあげなくても平和にのんびり家族仲良くすごせるほうがいいじゃん・・・

今年一年の計は・・?

1月8日(金)

新年も2−3日おしごとをするとお正月気分も完全にぬけて平時の心持ちになってくるものである。今日は夕方診察後に宮津のとある場所で開かれた「丹後ではたらく人の会」(だったと思う)に参加した。知り合いの看護師さんがお誘いくださったのだが、いざ行ってみるととっても多くの方が参集されていて驚いた。会の成り立ちとかはあまりよく知らないのだが、今回で3回目とか。色々な分野で活躍されている人たちが集まっており大変おもしろい会であった。メインイベントは丹後の星・石野先生の行っておられる先進的な取り組みについてのご講演。皆さんよくご存知だと思うが、いわゆるエンディングノート作成を地域で進めていこうというプロジェクトである。全国ニュースでも取り上げられているユニークな試みであり、今後も注目されるものである。他にも地方議会の議員さんや、新聞記者の方、さらには京都市内からも「認知症の人と家族の会」という公益社団法人の方が参加されており(http://www.alzheimer.or.jp)、2017年に開かれる予定の国際会議のことや京都式オレンジプランに関連した団体の取り組みなどを紹介されていた。かと思えば、日頃からよくよくお世話になっている訪問看護の方や、訪問リハビリテーションをしておられるPTの方もそれぞれに日ごろのおしごとについて熱心に語っておられた。ともすれば行政に文句ばっかり言って、現状への不満を蓄積してしまいがちであるが、どっこいやっている人はやっているのだなということを再認識した。みなさん元気だし熱かった・・・。

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今週は医師会の先生方ともお会いする予定であり、こうして新年の行事は一段落。またコツコツと自分のおしごとをする毎日となる。

新年あけましておめでとうございます

1月1日 金曜日

旧年中はいろいろとお世話になり大変有り難うございました。

無事に新しい年を迎える事ができること、ただただ感謝です。

クリニックは4日から平常どおりの診療体制にもどります。今年も一年どうぞよろしくお願い申し上げます。このブログも、もう少し・・医学的に皆様のためになる内容にブラッシュアップするように心がけていきたいと思います。

猿&大仏

あ、お気づきの方もおられるかもしれませんが・・ブログのアップってあとでまとめてやることが可能なんですね。むかしの夏休みの宿題の絵日記を、夏休み終了間近にまとめてやるような・・・そんなやり方です(いつまでたっても成長していない)。

 

不安が駆動力

12月31日 木曜日

暮れも押し迫ったこの時期。キリッと気をひきしめて、新しい一年を迎えるという態度が必要かなと思いながらも、やはりウダウダと過ごしている一日。おうちのお掃除もそこそこにしながら夜は年越し蕎麦をいただくという、ごく平均的な日本人の年越しを送る予定。あ、平均的な過ごし方は、そこそこではなく、一生懸命!お掃除をするのだろうか・・・とすればわたしは失格・・・。よく考えるとそういう年末年始のオーソドックスな態度をとらなくなって久しい。紅白も観たり観なかったり。仕事柄、ゆっくりのんびり過ごすというのが無理なので、必然的にそうなってきたのかもしれない。でも今年は今の所年末年始の天気も穏やかそうなので、なんとなく来る年は平和である予感がするのだ・・。この一年はというと、開業してから3年が無事経過したということもあり、すこし余裕を持って色々なことを考えることができたように思う。もちろん足りないことばかりなのだけれど、こうやって一年ごとの振り返りをして、すこしづつであっても、より良いクリニックにしていきたいなと考えている。自分としてはこの一年をあらわす”ひとこと”は「不安」であったかなと思います。中東の情勢不安や、国内での立法過程にまつわる出来事など、さらに人口減少、少子高齢化が叫ばれる中、未だ有効な処方箋は見つからずにいるという我々。患者さんの中でも特にご高齢の方は口々に不安を訴えられます。もちろん各々それぞれの事をご心配されている訳ですが、内容を伺ってからゆっくりと客観的に考えてみると、ちょっと深刻に考え過ぎかなとか、明らかに取り越し苦労であったり、もう少し自信を持って暮らして頂きたいなとか思う事がしばしば。やはり「不安」が「自信ややる気」を凌駕してしまっているなと思わされる事が多かったです。ま、テレビや新聞などのメディアも、不安を過剰に煽っているという印象もありますし、物騒な事件の報道には事欠かない現代ですので、このような現象はむべなるかなという気もします。新年は、皆さんに少しでも自信をもって過ごして頂く事ができるように微力ながら頑張ろうかなと・・そんな事を考えながら、やはりウダウダ、だらだらと過ごしております。

 

今年一年、どうもありがとうございました。

来る年が皆様にとりまして良い年となりますように・・・

人はいつもみな不安なもの・・・

12月21日 月曜日 雨

今年も残すところあと1週間である。ちがうな、もうちょっと多い。この季節、毎年「今年鬼籍に入ったあのひと・・」みたいな特集、よく見ますね。さかのぼって思い出してみると・・・野坂さん、ちゅらさんのオバァ、ゲゲゲの水木さん、サザエさんのなかじま君の声優さん、憎らしいほど強かった北の湖関、阿藤快さん、川島なお美さん、任天堂の岩田さん、いくよくるよのいくよさん・・・その才能や人格が惜しまれる方々が多く亡くなられたものだ。仕事柄、毎日接している患者さん達や、昔手術をさせて頂いた方々など、ごくごく身近にも少なくないお別れがあった。本当に生きていることと死ぬことの境目なんて、ごく些細なものであると思う。年の瀬という感慨に浸り易い時節柄、あまりにセンチメンタルになるのも如何なものかとは思うが、ヒトって、なかなか死なないものだけれど、簡単に死ぬものでもある・・。だからして、皆明日が不安になるのだろう。そして問うのだ・・

Will you still love me tommorrow……

キャロル・キングの名曲を(今はなき)この人が唄うと・・・こんなになるのだ。そして、カートコバーンも、ランディローズも、キヨシローも・・・もうこの世にはいない。

私たちは本気で考えたことがあるだろうか・・明日をも知れない病に向き合う人達のことを。

私たちは現実のこの世の事実と、我が身に置き換えて考えてみたことがあるだろうか・・戦禍を逃れて国境をさまよう親子たちのことを。

私たちは互いに助け合わなければいけないのではないだろうか・・ともにより良い明日を過ごすために。

あしたも全力で生きよう・・自分のため、みんなのために。今年生涯を閉じられた方、皆様に合掌。

久闊を叙する

12月20日 日曜日 晴れ

朝車を始動するとガラスに氷が張り付いていた。もうすぐ冬至、連日頂き物で柚子湯を楽しんでいる。小さい頃に湯船に浮かべられていたパリパリの蜜柑の皮を思い出す。お肌すべすべ・・(にする必要もないが)

昨夜は久〜しぶりに出席したいわゆる医局忘年会。母校の所属教室のやつである。やはり・・えっみたいな意外な顔をする先輩や同輩、後輩の方々。10年の歳月に、出席しないキャラが定着してしまっていたようだ。本当にご無沙汰の失礼をしていた教授や先輩の先生方にも一通りご挨拶ができた(かな?)。後輩がとても嬉しそうにこっそり報告してくれたことがあった(まだオフレコらしいので念のため書かないでおこう)、喜ばしいことである。卒業後まもない頃からほとんど会っていなかった同級生とも話すことが出来た。2次会は家族と別の場所で過ごしてから帰宅した。ウロウロしていたのであんまりお腹は一杯にならなかったけれど、ま、しょうがないですな。またハレー彗星の周期のように(なら多分この世にはいないか・・)顔を出しますので、その節はどうぞよろしゅう・・。

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東大寺の干支の置物がかわいいのだ・・

これ懐かしい

12月16日 水曜日 雨

明日から寒くなるのか・・・いつもお世話になっているガソリンスタンドに夕方遅くに立ち寄ると、タイヤ交換でめちゃ忙しそうだった。半分くらいのガソリンタンク満タンにしてもらう為に立ち寄ったのだが、なんだか悪かったような(ニコニコサービスして頂きましたけど)。慌てて駆けこむ人々、結構多いものなんですね。

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これですよ、これ。懐かしい! みかん食べた後に昔やりましたよね、クルクル

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